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発達障害を抱えている人が生きやすい社会ってどういうものだろう

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デル株式会社

長いこと精神疾患を抱えてきて、その裏に広汎性発達障害があるという診断を受けた。

今まで周りと同じことを同じようにできないことにある種の苦しみを抱いてきたわけだけど、診断名がついたことで割り切って考えられるようになってきている。

ああ、自分はこういう特性があって、こういうことが苦手なんだ、そう思えるだけで肩の荷が下りるような思いだ。

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発達障害に明確な線引きはない

世の中には発達障害のグレーゾーンとして確定診断に至らないケースが多いと聞く。

発達障害というのはグラデーションがあって、ここからが発達障害でここからが健常者という明確な線引きはない。

確定診断が下りなくて不利益を被っているケースの話を聞くと何ともいたたまれない気持ちになる。

社会情勢の変化で表面化する障害

昔のような大らかな世の中であったら(他のことで不利益はあったとしても)「この人はこういう人だから」ということで済んでいたようなことが、高度に情報化されてあらゆる仕事でマルチタスクが要求されるようになって障害が表面化してきた面はあるように思う

チームみんなで補い合ってやってきたことが、パソコンなどの普及によって一人でできてしまう時代。

次から次へとプロジェクトが変わったり、複数の仕事を一人で抱えたりすると、僕のような人間はパニックに陥ってしまう。

物事を順序立ててやるのも苦手だし、それが複数となるともう無理。

そうやって、うつ病などの二次的な障害を抱えるようになってしまう発達障害者も一定数いるんじゃないだろうか。

師弟制度がカバーしていた?

詳しくは知らないけれども、昔の会社や師弟制度には、労働者を見守って特性に合った仕事を割り振るという側面があったようだ。

アイデアを出す人、それを形にする人、量産できる体制を整える人。

それぞれがそれぞれの専門的な知識を伸ばして、できる人が補い合って経済が回っていく。

職人はそれぞれの工程の物を作るだけで、仲買人に渡せば済む。そうやって適材適所にうまく嵌まれば、障害が表面化して苦労をするということは一部に限られていたのだと思う。

最近は職人が自らアイデアを出して物を作り、そして営業をかけないと成り立っていかない社会になりつつある。

一人でこなさなければならない工程が増えているわけで、そうなるとマルチタスクが「できない」人と「できる」人の間に大きな格差が生まれる。発達障害の表面化にはこういった背景もありそうだ。

雇用の流動化はマルチな才能を要求する

加えて気になるのが雇用の流動化だ。

派遣社員や非正規雇用が増える中で、経営者としてはいろいろなことができる人を取りたがる嫌いがある。企業によっては接客と応対、営業に発注まで非正規社員にやらせる時代だ。

さらに外国語やプログラミングもなどと、この世の中はいろいろなことをマルチにこなせないとできないような仕事で溢れている

コンビニや100円ショップのアルバイトなんて、僕のような人間にははっきりいって向いてない。

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どういう仕事ならできるのか

人それぞれ特性があるので何とも言えないところだけど、僕の場合、一つのことに固執する妙な「こだわり」だとか、急に他のことを考える散漫さ、その一方で一つの作業に没頭して時間を忘れて大変なことになるほどの過集中などの特性がある。

加えて、同じことを同じように続けるルーティーンワークが苦手だったり、目覚まし時計をいくつ使っても起きられない完全夜型人間。

朝起きて会社へ行き9時〜17時のフルタイム(+残業)という勤務形態は難しいというか、いろいろな援助なしにはできそうにない。

実際働いていても多くの(同じような)失敗を繰り返しているし、向いてないとは思いつつもなんとかやっているというのが現状だ。

フレックス制で集中できるときに仕事をもらってやるようなフリーランサーのほうが向いているんじゃないかと思うところもあるけれど、フリーでやっていくにはコネやスキルが必要。

今は自分の得意分野を探しつつそのスキルを身につけようと思っている。

研究職を考えた時期もあるけど、今の時代の研究者は、自分の研究と授業のほかにも科研費を取るための書類を整えたり学内外の事務的なことをやったりとものすごく仕事量が多い。

自分のペースで仕事をしながら自立した生活を送るには、どういう仕事ができるんだろうと問い続けている。

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良き理解者と適切な援助が必要

いずれにしても、必要なのは良き理解者と適切な援助だ

会社に理解者がいれば仕事の割り振りで気を遣ってくれるだろうし、家庭に理解者がいれば家事の分担もうまくできる。お互いがお互いをカバーし合って、欠点を補い合える社会。

そんな時代が来ればいいなと思いながら、僕は今日も日銭を稼ぐための仕事の準備に追われている。

生きづらさを感じる要因を少しづつ解消できるように、そして明日が今日よりも楽しい日であるように、そう願いながら眠りにつこうと思う。

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